大阪地方裁判所 昭和53年(ヨ)3562号 決定 1979年5月31日
申請人
大島洋一
右申請代理人弁護士
伊賀興一
同
桐山剛
同
早川光俊
被申請人
横堀急送株式会社
右代表者代表取締役
西島照
右被申請代理人弁護士
中山哲
主文
本件仮処分申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
一 疎明及び審尋の結果によれば、被申請人が肩書地に本店を置き、トラック一六台、運転手一六名、事務員一名をもって一般区域貨物自動車運送事業を営む会社であること、申請人が昭和五〇年五月九日被申請人方に貨物自動車運転手として雇傭され、被申請人が運送業務を下請している日立運輸東京モノレール株式会社大山崎第二営業所(通称日立運輸大山崎配送センター、以下単に配送センターという)において二トン貨物自動車の運転業務に従事してきたこと、被申請人代表者西島照が昭和五三年八月三日申請人に対し同年九月三日限りで申請人を解雇する旨三〇日の期間を置いて解雇の予告を口頭でしたことが疎明される。
二 右被申請人のなした解雇予告の理由として被申請人の主張するところが、配送センターでの申請人の運送業務に関しての言動につき配送センターから被申請人に対し苦情があり、申請人を来させるなら被申請人の車の傭車を断る旨申入れを受けたこと、及び申請人は昭和五三年六月二九日飲酒のうえ居眠り運転をし追突事故を発生させ、これらについて反省の態度が全く見られなかったというのであり、申請人は右各事実を争い右解雇予告は権利の濫用であり、かつ申請人が労働条件改善のための活動を行い、その一環として阿倍野労働基準監督署に対し時間外手当、深夜手当の基準内賃金計算の問題点を申告したことを敵視してなされたもので労働基準法一〇四条二項により無効であり、また右解雇予告は申請人が労働災害による休業期間を終えて三日目になされたもので、同法一九条一項に違反して無効であると主張するものであることは審尋の結果から明らかである。
三 そこで先づ被申請人主張の解雇予告の理由として主張する各事実の存否について判断を加える。疎明及び審尋の結果によれば、次の事実が一応認められる。
1 申請人は被申請人方に入社後昭和五〇年九月頃から配送センターに傭車運転手として専属的に配置され、同社配車係従業員の指示に従い日立電化製品をその特約店等同社の顧客宛に運送する業務に従事していた。
2 ところが、申請人は右業務に従事していた際、配車係が配車伝票を渡すため呼出をかけてもなかなかとりに行かず、やむなく配車係が申請人を探し伝票を渡し荷物の積込、配送を指示することがしばしばあり、特に昭和五三年四月頃から右傾向が強くなり、配車係との間に口論を生じることもあった。その具体的な事実は次のとおりである。
(一) 申請人は、昭和五二年一二月頃配送センターの福村配車係が運送指示のためマイクで呼出してもなかなか配車係のところに現われず、同配車係が運送用の伝票を渡しても運賃が安いなどと苦情をいい、またこんなもの行けるかいと運送先について選り好みをし、同配車係が注意を与えてもこれを無視する態度を示し、このため同月二〇日頃福村配車係は電話で被申請人取締役西島緑に対し申請人の仕事の態度について苦情を申し入れた。
このため、数日後申請人代表者は配送センターに対し申請人の態度につき詫びるとともに、申請人に対しその同僚夏山武雄を通じ注意を与えた。
(二) 昭和五三年三月下旬頃配送センターの作間某から被申請人取締役西島緑に対し、電話で申請人の配送センターでの仕事振りにつき、運賃が安いと文句をいうこと、運送の指示を拒否し運送荷物を引取らないまま帰ると苦情の申入があった。
(三) 同年五月頃配送センターの三口配車係が申請人に対しスイッチの配送を命じ、右品物を探すまで出発を待つよう指示したのにこれを無視して出て行ったため、三口配車係がこれを注意すると申請人ははげしい口調で喰ってかかるため、三口配車係は申請人に対し「配送センターにもうこなくてもよい」旨告げると、申請人はますます声を大にして「そんなことは横堀急送にいえ」と反発し、同人との間に口論を生じた。
(四) 同年六月二六日配送センターへの傭車会社で組織されている日立運輸大阪トラック協同組合の事務職員太田某から被申請人に対し配送センターからの申入れとして申請人の従前の態度及び同日配送センターの三口配車係が申請人に対し和歌山への配送を指示したが正当の理由なくこれを拒否し、太田某が仲に入り申請人の気嫌をとってやって行って貰ったが、配送センターとしては今後申請人の運転する傭車を打切りたい、もしこれに応じなければ被申請人の他の傭車も打切る旨告げられた。
3 申請人は、同月二八日配送センターで下関市方面へ運送する荷を積み込み午後七時頃被申請人方へ一旦帰社して夕食をとったが、その際コップに一、二杯の日本酒を飲み約二時間仮眠の後、同夜午後一〇時頃被申請人方を出発し、途中二カ所で仮眠し休憩をとったが、翌二九日午前七時頃広島県三原市内の国道二号線を運転走行中居眠りをし、大型貨物自動車に追突する事故を発生させた。
四 以上一応認定した事実に(書証略、被申請人就業規則)によれば、(一)申請人は、被申請人の指示により傭車運転手として配送センターにおいて積荷、物品の運送に従事していた際、同センターの配車係の指示を少くとも三回以上拒否したものであり、(二)また、飲酒後約二時間程して長距離運転に従事し、その酒量及び飲酒後の時間からして酒気を帯びて作業(運転業務)につき翌朝七時頃居眠り運転により追突事故を発生せしめたものであり、右(一)の事実は被申請人方就業規則三〇条四号、一〇号の解雇事由に該当し、また右(二)の事実は、その酒量及び追突事故の時間から考えて、事故発生当時酩酊もしくは酒気を帯びた状態での飲酒による直接の影響のもとに事故を発生させたものということは困難であり、従って右行為が前示就業規則九〇条一六号にいう懲戒解雇事由としての飲酒運転を行い事故を発生せしめたときに該当するということはできないが、服務規律を定めた同三七条五号(酒気を帯びて作業についてはならない)に違反し、同三〇条一〇号の解雇事由に該当する。
五 申請人は、本件解雇の真の理由は、申請人の被申請人方における労働条件改善をめざす努力を嫌悪したことにあると主張し、疎明によれば、申請人は昭和五二年一二月同僚の夏山とともに被申請人代表者に対し給与として最低金一七万五、〇〇〇円を保障して貰いたい旨最低賃金保障の要請を行ったが、被申請人代表者の承諾を得るにいたらなかったこと、また、申請人が被申請人方における残業手当の計算根拠に不審を持ち昭和五三年五月一〇日頃被申請人取締役西島緑に対し就業規則の明示を求め、同年六月から七月までの間数回にわたり労働基準監督署に相談に行き、前記追突事故発生後約一カ月療養のため休業し、同年七月三一日被申請人方に出社し労災休業保障請求書を提出するとともに、残業手当については労働基準監督署から指摘された計算方法で計算しなおすよう申入れをしたことが疎明される。しかしながら、右最低賃金保障の要請は本件予告解雇の約一年前のことであり、しかも右要請に際し被申請人との間に紛争を生じたとの事実も認められず、さほど強力な要求であったともうかがえず、右事実によって被申請人代表者が申請人に対しことさら悪感情を抱いたとは考え難い。また、残業手当の計算につき申請人が労働基準監督署に数回相談に行ったことは前示のとおりであるが、右は被申請人方の残業手当計算根拠に不審の念を抱いた申請人が、被申請人方における労働基準法違反の事実の申告というよりは、被申請人方における残業手当計算を是正させる前提として労働基準監督署の指導を受けるために相談におもむいた程度のことであり、他に申請人が予告解雇を受ける以前に被申請人方の労働基準法違反の事実を申告したとの事実は疎明されるにいたらず、疎明によれば、被申請人代表者ないし被申請人取締役西島緑は前示事故発生直後に申請人に対し配送センターの件及び追突事故の件を挙げて被申請人方を辞めて貰う旨、解雇の趣旨をほのめかしていたことが一応認められるから、本件予告解雇が申請人の労働条件改善要求を嫌いこれを決定的理由としてなしたものということはできず、また労働基準法一〇四条二項に違反した無効のものということはできない。
六 申請人はまた、本件予告解雇は労働基準法一九条の解雇制限の規定に違反した無効のものと主張するが、同条は解雇を制限するだけの規定であり、解雇制限期間中に解雇制限期間の満了する日、またはその日以後に効力を生ずる解雇の予告までを制限する規定とは解されないところ、疎明によれば本件予告解雇の意思表示のなされたのは解雇制限期間内である昭和五三年八月三日であるが、その予告の期間を同年九月三日までおいていることは前示のとおりであり、申請人が事故による療養のための休業を同年七月一日までとり、同年八月一日出社しているから、右予告解雇の効力発生の日は解雇制限期間である同月三〇日の後ということになり、従って本件予告解雇をもって労働基準法一九条に違反する無効のものということはできない。
七 以上一応認定した事実及び疎明によれば、被申請人は従業員一七名の小規模の運送業者であり、その運送業務の内容も主として他の運送会社の下請運送として傭車先に専属的に従業員を車とともに配置し、被申請人の従業員が他の運送会社の指示を直接受けて運送業務に従事する形態のもとに経営を行い、しかも下請運送会社同志の間の競争も激しく傭車を断わられた場合には被申請人の経営の基盤も失う結果を招来するものであること、しかも申請人は配送センターでの紛争、追突事故の発生についても被申請人に対し謝罪ないし反省の態度を示さなかったことが疎明され、これらの事実を勘案すれば、本件解雇の予告が社会通念上相当の理由を欠く権利の濫用に当るものともいうことはできない。
八 以上のとおりであれば、本件仮処分申請はその被保全権利につき疎明を欠き、保証をもって疎明に代えることも相当でないから、失当としてこれを却下し、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 大久保敏雄)